この歌は、9歳の親鸞様が得度なさる時に詠まれたと言われる和歌です。
仏門に入るため、青蓮院(しょうれんいん)の慈鎮和尚(じちんかしょう)をお訪ねになりましたが、すでに夜遅くもあり、いたいけな子どもの姿に憐れみを感じてか、得度(とくど)の儀式は明日にと言われます。
その時、親鸞さまはこの和歌を詠まれ、自分の思いを慈鎮和尚に伝えられたそうです。
「今、美しく咲いている桜は、明日もまた同じように咲いてることと思われるでしょうが、夜更けに嵐が吹いて桜の花を散らすことがないと言えましょうか(いや、言えはしない)」
と言う味わいです。
親鸞さまは自分のいのちを桜の花にたとえられ、「明日自分のいのちがあるかどうかはわからない。
だからこそ今、得度の儀式をしてほしい」との強い思いでした。心打たれた慈鎮和尚は、その場で得度の儀式をされたそうです。
私たちのいのちは、桜と同じく、いつ散るともしれない儚い(はかない)ものです。
誰もが明日はあると思っていますが、
コロナで経験したように、いつもの明日は必ずやっては来ないことがわかりましたね。
人間の命なら、なお、約束はできません。
ですから、かけがえのない今、今日を無駄なく、精一杯生き抜きましょう。
1月10日 御正忌法要 13時より勤まります。